昨日は【中国との海洋権益競争】を書きましたが、今日は北朝鮮不審船事案について書いてみたいと思います。

株式のネタがないので・・・。

北朝鮮の不審船事案は
1999年3月21日深夜、統幕会議情報本部の通信所の不審電波傍受したことから始まります。アメリカ軍からの情報提供もあったようです。
海上自衛隊は即応体制を取ります。近海を航行していた護衛艦に急派を命ずるとともに、日本海防衛の拠点、舞鶴から護衛艦を緊急出航させます。21日は日曜ですが舞鶴の隊員には緊急呼集がかかり、護衛艦への武器資材の搬入に追われたそうです。
翌22日、能登半島付近にあらかじめ護衛艦の配置を完了させました。
23日、P3C対潜哨戒機佐渡島西と能登半島東の日本領海内に、それぞれ「第2大和丸」「第1大西丸」と書かれた不審船を発見した。不審船発見を正式に海上保安庁に通報。
海保巡視船と海自護衛艦による追跡が始まりますが、不審船2席は停船命令を無視して逃走を始めます。不審船の速度は速く、海保巡視船では追いかけることができません。
政府は24日未明の持ち回り閣議を経て、0時50分に自衛隊に初の海上警備行動を発令しました。

以上が不審船事案の流れです。

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海上警備行動を受けて護衛艦、海上自衛隊機は不審船に対し、砲撃、爆弾投下を実施します。その回数は127ミリ警告射撃25回、150K爆弾投下12発。

このときの命令は撃沈してならないというものでした。
この命令を受けて困ったのは航空作戦司令部。警告射撃は問題ありませんが、爆弾投下についてはどこに投下すればいいのかわからなかったのです(笑)
爆弾は直撃してはいけないのもちろんですが、船に近すぎるところに投下してしまうと、波で転覆してしまう恐れがあります。
自衛隊の訓練=命中させる事ですから、爆弾投下で起こる波の高さなんてものは、測ったことがなかったのです・・・。
司令部が四苦八苦して見つけだしたのは、観艦式ビデオテープ。観艦式というのは、一般公開される海上自衛隊の訓練の事です。観艦式の実施内容の中にP−3C爆弾投下があります。このビデオを元にして爆風による起こる波の高さを測り、投下場所の決定を行いました。

不審船は1度航行を停止します。この時、作戦司令部からは、不審船に乗り込んで拿捕するよう命令が下されました。乗り込み部隊の編成が行われましたが、選ばれた隊員は顔面蒼白です。
護衛艦はそもそも敵船に乗り込んでの強襲戦というのは想定していません。このため装備も貧弱であり、隊員もそのような訓練は1度も受けていないのです。
死傷者に対する医療体制も不十分です。この時現場に居合わせた医療従事者は医官1人、衛生員3人。大量の傷者が発生すれば対応出来なかったのです。

実際には乗り込み作戦は決行されませんでした。不審船がまた逃亡を始めたからです。
もし、乗り込み作戦が実行されていたら全滅していただろうと言われています。的になりに行くようなものですから。

不審船は警告射撃だけで停船するはすもなく、逃亡に成功します。
海上自衛隊はこの時の反省点をいかし、装備・組織の変更を行います。

護衛艦の127ミリ砲では、小型船に命中すると沈没してしまいます。そこで、護衛艦へ小型砲を搭載します。その他、機動力のある小型艇を新規配備しています。

また、乗り込みのような強襲には大きな問題があることも浮き彫りになりました。
この問題を解決するために、特別警備隊という特殊部隊を新たに編成しました。発足にあたりイギリス軍特殊部隊の支援を得、海上自衛隊でも特に身体的能力の高い者を選りすぐり、厳しい訓練を実施しています。あまりに厳しさに体を壊して脱落する人も多いそうです。

PS:かなり前に聞いた話なので、記憶が曖昧なところもあります。一部間違いがあるかもしれませんが、その点は御了承下さい。

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